本シリーズは Patisco のデモアカウント「鼎立」を使っています。掲載している画面とデータはすべてシステム上で実際に操作して生まれたもので、買い手とサプライヤーのやり取りも含め、作り物の画面ではありません。人物と会話は演出で、イラストはイメージです。画面はシステムの中国語表示のものですが、Patisco は日本語でもご利用いただけます。
物語の時間:開幕初日、午前 10 時 05 分
最初のひとこと
Jonas はブースに入ってくると、一枚の紙をテーブルに置きました。
「A-Zhe. Your neighbor, three booths down. Same cassette, 30% cheaper.」
三つ隣のブース、同じカセットで 3 割安い、というわけです。
阿哲はその見積書に目をやりました。仕様の書き方はあいまいで、材質も表面処理も書いていません。あるのは、とてもきれいな数字が一つだけ。
でも今は、その紙を研究しているときではありません。阿哲の頭をよぎったのはこれです。去年、Velostrada にいったいいくらで売ったのか。どの数量段階だったのか。あのとき梱包費は入っていたのか。
値下げを迫られたときに最初にやるのは、値下げでは決してありません。まず自分の手の内を正確に知ることです。
以前のやり方
以前なら、ここで阿哲はこう言っていました。「Let me check with my office.」
そしてブースの裏へ回り、LINE で会社に電話します。阿美は倉庫にいて出ません。秀琴さんにかけると、秀琴さんは書類棚の去年の PI のコピーを探しに行き、十五分後に折り返してきます。「それって三月の分? 九月の分?」
書類ミニ講座|プロフォーマインボイス(PI、Proforma Invoice):売買の話がまとまったあと、売り手が買い手に発行する書類です。何を、いくつ、単価いくらで、どんな取引条件と支払方法で売るのかを明記します。正式な請求書ではありませんが、買い手はこれをもとに前金を払ったり輸入書類を申請したりすることがよくあり、売り手はこれに沿って出荷の準備をします。あとで揉めたときに、みんなが見返すのもこの一枚です。
この十五分のあいだに、Jonas は隣のブースまで歩いていって戻ってきました。手にはコーヒーが一杯と、他社の名刺が二枚増えています。
「持ち帰って調べます」というセリフは、展示会場では特に高くつきます。
Patisco でのやり方
阿哲はブースの裏へは回りません。スマホを取り出し、Patisco を開きます。
モバイル版は意図的にシンプルに作られています。書類を見る、返信する、決める。ただ、この「見る」こそ、ブースではいちばん大事なことです。
Velostrada のプロフォーマインボイスを開く。
スマホで販売先の Velostrada から入ると、〔プロフォーマインボイス(PI)〕にはこの一社の書類だけが並びます。三月の分も九月の分も、ちゃんとあります。九月の PI-2509-0187 を開くと、品目、数量、単価がすべて見られます。さらに品目の明細に入れば、梱包方法まではっきり書いてあります。


最近何を話していたかも見る。
会社に戻れば、パソコン版で Velostrada のページから〔やり取りの記録〕を開くこともできます。この会社に関する話題が一件一行で並び、メールか LINE かシステム内のやり取りかが示され、最新のものがいちばん上に来ます。展示会の前に Jonas が一度納期を尋ねたこと、阿哲が何を約束したか。そのスレッドを開けばわかります。
一分後、阿哲は顔を上げました。
「Jonas, this is what you bought last September: this quantity, this price, with our export packing and our plating spec. Does your neighbor's quote include the same plating?」
去年九月に買っていただいたのはこの数量、この価格で、輸出梱包とうちのメッキ仕様込みです。お隣の見積は同じメッキですか、と。
Jonas はコーヒーをひと口飲み、答えませんでした。
阿哲は続けます。「We won't match that number. But your order status, documents, and every change we agreed on, you can see them online, the same day. Ask me anything about your orders, right here.」
その数字には合わせません。でも注文の状況も書類も、合意した変更も全部、その日のうちにオンラインで見られます。注文のことなら今ここで何でも聞いてください、と。
Jonas は阿哲のスマホを数秒見つめました。「Send me the PI next week. Same price as last year. Not more.」
来週 PI を送ってくれ。去年と同じ価格で。それ以上はなしだ。
「Not more」は、Jonas 流の承諾です。阿哲にはわかっています。この勝負、負けてはいません。
夜、ホテルのロビー

林社長が台湾から持ってきたお茶を、ホテルの電気ケトルでいれています。
「阿哲、隣のあの価格がどこから来るか、わかるか?」
阿哲は首を振ります。
「私はこう見てるんだ。」と林社長。「あんなに安く売るところの中には、狙いが別にあるところもある。この商売で儲けるためじゃなく、資金を外へ移すためかもしれない。あるいは工場が融資を受けて、人のやることを追いかけて作って、作った分は値下げして売り切るしかないのかもしれない。そんな価格にうちの原価で張り合えと言われても、筋が通らないだろう。」
「じゃあ、うちは何で勝負するんですか?」
「Jonas が気にするもので勝負するんだよ。今日あの人が帰らなかったのは、お前の価格のおかげだと思うか?」林社長はお茶をひと口飲みました。「お前が一分で質問に答えたからだ。」
林社長の見方は、私たちが書いた二本の記事から来ています。〈中国の「超低価格」輸出と海外への資金移動という国際貿易の大きな盤面を読み解く〉と〈資金が生む供給の波〉です。これは私たちの見解です。読んだうえで、ご自身で判断してください。
以前 vs Patisco なら
| 以前 | Patisco なら | |
|---|---|---|
| 「前はいくらで売ったか」を調べる | LINE で会社に連絡、書類棚を探す | スマホで販売先から入り、その PI を開く |
| 関わる人 | 阿哲 → 阿美(出ない)→ 秀琴さん | 阿哲ひとり |
| かかる時間 | 十五分、お客さんはひと回りしてくる | お客さんがコーヒーを飲み終わる前 |
| ミスが起きやすいところ | 「三月の分? 九月の分?」 | どの書類も、どのバージョンも残っている |
社長へのひとこと:値下げを迫られたとき、データを持っている側に余裕が生まれます。原価で張り合う必要はありません。答えを出せれば十分です。
この回の背景:低価格競争は、多くの台湾メーカーにとって日常です。私たちの見方は、〈中国の「超低価格」輸出と海外への資金移動という国際貿易の大きな盤面を読み解く〉と〈資金が生む供給の波:中国製造は場当たり的なやり方でいかに世界の販路を疲弊させているか〉の二本の記事に書いています。
